[岩井俊二][スワロウテイル][日文原版].pdf

［岩井俊二］ スワロウテイル だった。 日本人サラリーマンのパパが中国人で密 入国者のママを捨てたのはあたしが生まれ る前の話。 だからあたしはパパの顔を見たことがな 序 い。 ウッディー．ウエストウッドの墓 それでいて父親似のあたしのことがママ 円都（イェンタウン） は大嫌いだった。 アゲハ やがてママに捨てられたあたしは、ある インドの宝石 フィリピン人に引き取られた。 スナイパー 胸に蝶のタトゥーのある娼婦だった。 いやなにおいの夜 彼女はあたしに名前をくれた。 ウッディー．ウエストウッドふたたび 『アゲハ』という名前だった。 マイ．シェリー．アモール あたしはその名前が気に入った。 クラブ．マイウェイとスワロウテイル その名前は、ちょっといいにおいがした。 ズ 蝶の記憶 密 告 ウッディー．ウエストウッドの墓 イェンタウン狩り 死の砦 ウッディー．ウエストウッドはニュージ 三度目のウッディー ャージー州生まれの海軍将校だった。ベト あとがき ナム戦争から帰還したウッディーは思うと ころあって仏教に傾倒した。退役後、日本 に移住したのもそのせいである。それでも 血の滴るステーキと、ハンティングの趣味 が捨て切れなかったウッディーは仏教の教 序 えに一部オリジナルな解釈を加えてその両 立を計ろうとしたようだ。 あたしは自分の誕生日も知らない。国籍 ウッディーの最期は大好きなハンティン もない。そして名前もなかった。 グの最中に訪れた。愛犬デリンジャーが追 あたしの生まれた街はあたしにはよそよ いつめた手負いの鴨を仕留めようと引き釐 そしくて、肌寒くて、どこかいやなにおい を引いたウッディーは銃を構えたままあお 1 むけに倒れて息を引き取った。心臓発作に び込んだ。ベッドルームのドアが再び開い よるショック死であった。 たのはそれから三時間後だった。キッチン 葬儀は敀人の遺志に従って仏式の葬儀で に戻ったヘレンがオーブンをかけっぱなし 行われた。 にしていたのに気づいたのも、したがって よく晴れた仏滅の日だった。 三時間後ということになる。あわてて引き 釐髪の