第2节 日本人の就労観 （美根）.doc

第２章 日本人の国民性 第２節 日本人の就労観 ＜はじめに＞ アメリカの雑誌『タイム』誌が1989年1月30日号に「過労死に蝕まれる日本人」という見出しで語られているように、日本人の過労死による死者数は国際的にみても多いとみなされていることがわかる。日本人は「勤勉でまじめ」と評される一方、「働きすぎ」というイメージも強いようだ。ここから日本人のどのような国民性が過労死に関わっているのかを考察していく。 ＜日本人に多い行動傾向＞ 日本人は、現在の楽しさを多少犠牲にしても出来る限り「明るい未来」の可能性を高めようと現在よりも将来を優先する傾向があるように思われる。短期的な利益や満足よりも長期的?将来的な利益や安定を志向した行動をとるのである。このような行動を山下洋史は「未来志向的行動」と呼んでいる。また、このような日本人特有の行動として以下の例をあげている。 （典型的な例） ?将来の経済的安定と高い社会的地位を手に入れるための受験競争のように、何を学ぶかよりもどこの大学に入るかを優先する「ランク?ヒエラルヒー志向」 ?Yes- Noを明確にしない態度をとることで、相手に対して不快感や失望を与えないようにする配慮を表す行動。 ?自己の主張を抑え長期的に円滑な人間関係を維持する「泣き寝入り」的行動 ?謙遜を美徳とする行動?謙虚な行動 ＜日本人に特有の過労死モデル＞ カラセックモデル：「仕事の要求度」「裁量の自由度」「仕事の支援度」の三つの仕事特徴の組み合わせで、虚血性心疾患の発症率を比較するもの。「仕事の要求度が高く、仕事の支援度が低く、かつ、裁量の自由度が低い」仕事特徴が虚血性心疾患の発症率が最も高い。 上井喜彦はこのカラセックモデルを日本の過労死に適用すると、仕事の要求度と支援度についてはカラセックらと同じ結果になっているが、過労死は仕事の自由度の関しては低いものだけでなく、高いものにも見られるのである。このことは、現代日本の企業社会では仕事の要請が際立って強くなっていること、そして、大量の仕事をこなすために、自己の裁量で長時間働き続けていることを表している。 この日本の組織における「自己の裁量権が高さ」は山下も指摘している。日本の組織は環境の変化やトラブルに対して迅速かつ柔軟に対応するといわれる。米国の組織では具体的かつ緻密なマニュアルとセンター部門が作成する詳細な計画にすべての実行部門がしたがって業務を遂行するという仕事の進め方が一般的であるの対し、日本の組織ではセンター部門で決定される計画は大枠のみを規定するものであり、具体的な生産計画は各実行部門へと権限委譲されている。このような日本の組織における権限移譲を前提とした問題解決は、自部門のみの局所最適化を防止する「ジョブローテーション」「幅広い参加的学習」を基礎としており、米国企業における「専門に特化した配置」や「専門的学習」との対比において特徴的である。このように日本の組織の中では自己の裁量権が高いがために、個人への責任が重くそれが負担になっているようである。 また、カラセックモデルの提案者のテオレル教授は「日本の過労死モデルは我われの提唱したストレスモデルと極めて類似しているが、唯一の異なる点は、日本のモデルには長時間労働というもう一つの要因がある」と述べている。日本人は他の多くの先進国国民よりも長時間働いており、1990年の公式統計でもフランスの1,646時間に比較して、2,044時間である。実際の年間労働時間は賃金未払いの「サービス残業」があるためもっと長い。ただし、大野が指摘しているように、長時間過密労働の延長線上にある日突然過労死があるのではなく、長時間過密労働の結果健康が破壊され、それでもなお、長時間過密労働を繰り返した結果致命的な発症に至るのである。また過労死のレポートを読むと、死んだ労働者の多くは責任感とか、仲間への配慮によって、働き続けているものが多いのだという。いわば「働きすぎ」は労働者の外見的「自発」性に依拠しているようにみえるのである。 何らかの体調の異常が表れているのにも関わらず、無理を押して働いている原因は何なのか。休めない、無理をせざるを得ない、身体に鞭打たざるを得ない要因は何なのだろうか。 ＜日本における人間関係重視の行動＞ 　一般にYes-Noを明確にしない態度?行動、とりわけNoをはっきりと言わないことは、優柔不断で好ましくない日本人の行動として認識されがちである。海外の人々から見ると、こうした態度?行動は、本意を理解しにくく、日本人の回答を信頼してよいか否かの判断に困るものである。これにより、外国人と日本人の間にトラブルや不信感が生じることも少なくない。 　しかしながらNoをはっきりさせることは、せっかくの相手の好意