公共哲学の概念――原型展開そして未来.pdf

8特集／公共哲学と公共倫理 公共哲学の概念――原型、展開、そして未来 千葉大学法経学部教授　　 小林正弥 序――学問改革への展望 　今日は第一回目の公共哲学全体研究会として、山脇先生が大きな方向性や、 今までの公共哲学の歴史を語られました 1ので、その中で説明されられたこと については私はごく簡単に触れるにとどめて、公共哲学の概念そのものについ て議論したいと思います。公共哲学は、目的として、大きな言葉で言えば「学 問の改革」を目指しています。今の学問には、「大学改革の流れの中で実際の 大学はどうならなければいけないか」という深刻な問題があるわけです。ネ オ?リベラリズムの思想の影響下で大学の民営化などの問題があるけれども、 それでは「ネオ?リベラリズムが流行しているから今日の大学が苦しくなって いるのか」というと、単にそれだけではなく、やはり学問自体の中に形骸化し ている部分もあったのではないか。社会の要請に応えていない部分もあったか ら、例えばネオ?リベラリズムの発想によって経済界などから批判された場合 に、それに抵抗する力がなくて非常に厳しい状態に追い詰められつつあるので はないか、という気がするのです。もちろんそれに対して政治的に抵抗するこ 1 本報告の前に山脇直司?東京大学大学大学院総合文化研究科教授から「公共哲学 のヴィジョンとコンポーネンツ―ひとつのパースペクティブ」と題する報告がな された。その内容は、山脇（1998）「パブリック?フィロソフィの再構想―学問的 展望のために」山脇直司、大沢真理、大森彌、松原隆一郎編『現代日本のパブリック? フィロソフィ』新世社、山脇（2002）「グローカル公共哲学の構想」佐々木毅、金泰 昌編『公共哲学 10　21世紀公共哲学の地平』東京大学出版会、山脇（2004）『公共 哲学とは何か』ちくま新書、を参照されたい。（公共研究編集委員会） 千葉大学　公共研究　第２巻第４号（2006 年３月） 9 とも必要ですが、「本来あるべき学問の姿はどうか」ということから考え直し ていくことも、もう一方で必要でしょう。そうすれば、こういう大きな変革の 時代ですから、「場合によってはこの変革が善い学問を生み出すことに結実し ていく可能性があるのではないか」という気もするわけです。 　そのような意味において、かつて宗教改革があったように、やはり学問でも 学問改革や学問革命が必要なのではないか。政治でも構造改革、特に精神構造 改革が必要なように、学問でもそういう構造改革、精神構造改革が必要なので はないか。このように問題提起してみたいと思います。そこで、今日の報告で は、「私自身がどういう公共哲学を考えているのか」ということではなくて、「公 共哲学という概念がどういうものであって、どういうふうに展開してきて、今 後どういうようなものとして構成していくことができるのか」ということを議 論します。 　一方では、行動主義的な科学主義の流れがあり、もう一方ではそれに対立す るポスト?モダン的な学問の流れがありますが、こういう潮流の中で公共哲学 はそれらとは一線を画した別のものを目指しています。公共哲学には、先ほど 少し議論で出ましたように、ミニマムにおいて一種の一致点がある。内容にお いては多様性がありながら、ミニマムな方向性としての一致点を考えることが できるのではないか。そのときにやはり大事なのは、実践性です。「世界ない し政治や社会に意味のある学問である」ということが重要であり、直接に意味 があるにしても間接的に意味があるにしても、何らかの形でこのような意味が 回復されていくべきなのではないか、と思うのです。 　自由主義ももちろん意味のある学問であったと思いますし、一方で、それ に反するマルクス主義も――思想的には間違えていると思いますけれども―― 弱者救済という意味では、意味のある学問であろうとしたわけです。それから、 公共哲学の流れの中に、カトリックの思想の影響が強い人が相当いるというこ とに気がつきました。それはなぜかと考えてみると、公共的な宗教という発想 が、カトリックに影響を受けた思想家の中にイメージとしてあるからではない 公共哲学の概念――原型、展開、そして未来 10 か、という気がするのです。特定宗教やマルクス主義が正統思想とはなりえな い今日に、公共的な思想をどういうふうに学問として提示できるか。これが公 共哲学の課題ではなかろうか、と思う次第です。 １．アメリカ公共哲学の原型―自然法的公共哲学と大共同体 　公共哲学、パブリック?フィロソフィーという概念は、アメリカで提起され、 これまでは主として北米で展開しました。この「公共哲学」という言葉が提起 されたのは、まずウォルター?リップマン