宗教的寛容の源流と流露-21世紀COE.pdfVIP

135 宗教的寛容の源流と流露 ─神学的基礎付け?哲学的概念化?合法的制度化─ 近藤　　剛 序論 本研究報告 １） の意図は「宗教的寛容」概念を思想史的に考察すること であり、問題の構造を端的に示すため、議論をキリスト教における宗教 的寛容として限定した。「宗教的寛容」概念が緊迫性を帯び、政治的、 社会的論争の的として問題化されたのが、近代ヨーロッパというキリス ト教圏であったことからも、この限定は妥当であると思われる。 本来、筆者の研究課題は古典的な寛容思想の歴史的展開を自由論の系 譜において捉え直し、寛容の伝統を再解釈することによって、今日の多 元的世界の中で有効となり得る「寛容」概念を導出することである。思 想解釈の常套として、寛容思想の解釈にも、①寛容の歴史の顧慮、②寛 容の本質の概念的把握が求められるであろう。①に関しては、宗教、人 種、性などの様々な領域で問題にされる寛容の事例 ２） を包括的に論じる ことが求められる。②に関しては、人間の本性（理性的自律）との関わ りで哲学的自由論との対比、あるいは、寛容が自由主義によって擁護さ れてきた概念であることに鑑みて自由主義的政治思想との対比が欠かせ ない。このように寛容思想の解釈には、複合的な視点からの研究が要求 される。差し当たって、筆者は寛容の思想史に注目し、「宗教的寛容」 という事例に即して論じていく。というのも、「寛容の歴史を振り返る とき、宗教的寛容の重要性はいくら強調しても強調しすぎることはない。 実に、寛容の物語は何はともあれ宗教的不寛容と迫害に対する闘いの物 語であり、この文脈の中でこそ、寛容の本質と正当化に関する多くの重 要な概念上の問題が初めて明確に述べられたのである」 ３） とのスーザ ン?メンダスの見解に同調するからである。従って、本報告では時系列 的な事実確認を中心として、「宗教的寛容」概念が形成されていくプロ セスを追跡し、その問題構造を明確化する。そうした意味で、本報告は 136 ①の課題に相当し、筆者の研究計画における予備的考察として位置付け られ、②の課題に関する本格的な追及は他日に期されることになる。 筆者の仮説によれば、近代ヨーロッパにおける宗教的寛容は、神学的 基礎付け、哲学的概念化、合法的制度化というプロセスを経て形成され た概念であり、このことが信教の自由、政教分離の原則、近代法システ ムを連鎖的に生み出す契機になったという意味で、ヨーロッパ型民主主 義のメルクマールになると考えられる。以下の記述は、この仮説を説明 するためのものである（今回の考察では、厳密なテキスト解釈による検 証作業を意図していない）。筆者は「宗教的寛容」概念の形成過程を水 の流れに譬え、歴史の潮流を顧みながら、その源流を「信仰に由来する 寛容」に、その流露を「信教の自由」に求める。こうした歴史的な流覧 の後に、現代における宗教的寛容の流失の危機を指摘しつつ、その還流 の可能性を提示したい。なお、紙幅の都合上、参考文献の一覧表は割愛 せざるを得なかったので、必要な文献情報は脚注を参照されたい。又、 intoleranceの訳語であるが、引用文によっては不寛容、非寛容となっ ているので、本報告では厳密に統一しなかった。 １．宗教的寛容の源流 一般に、宗教的寛容の定義として、以下のような説明が見受けられる。 「広義には、自己の信条とは異なる他人の思想、信条や行動を許容し、 また自己の思想や信条を外的な力を用いて強制しないことを意味する」 ４） 、 「特定の宗教的信仰や政治的権威にそぐわなくとも、理性や良心または 他宗教に基づく判断と実践の自由を認めること」 ５） などである。この説 明の限りでは、宗教的寛容とは所謂「信教の自由」と同義的であり、他 者に対する許容、強制力の排除として理解することができる。以下では、 さらに厳密な概念分析を試みるため、グスタフ?メンシングによる宗教 的寛容の類型論 ６） を参照する。 メンシングによれば、宗教的寛容の現象形態は形式的な態度と内容的 な態度に分かれる。例えば、強制力の排除に関わるものは形式的であり、 許容に関わるものは内容的である。補足すると、形式的とは法的、制度 的ということであり、内容的とは思想的、宗教的ということである。メ ンシングは、形式的な態度を形式的寛容と形式的不寛容の類型、内容的 な態度を内容的寛容と内容的不寛容の類型に区分している。①形式的寛 137 容とは、ただ他の宗教、信仰に触れないこと、②形式的不寛容とは、他 の宗教、信仰を特定の国家ないし教会の宗教上の制度へ強制的に従属さ せること、③内容的寛容とは、他の宗教、信仰を真の宗教的可能性とし て肯定的に承認すること、④内容的不寛容とは、自らの宗教