明治後期の家庭教育における〈お話〉観に関する一考察.pdfVIP

〔東京家政大学研究紀要　第42集（1），p．93～99，2002〕 明治後期の家庭教育における〈お話〉観に関する一考察 　　是澤　優子 （平成13年10月4日受理） AStudy　of“Story－telling”in　Home　Education 　　　　　　　　　　in　the　Late　Meiji　Period 　Yuko　KoREsAwA （Received　on　October　4，2001） キーワード：お話，明治後期，家庭教育，幼稚園 Key　words：story－telling，　late　Meiji　period，　home　education，　kindergarten 1．はじめに 　語られる〈お話〉は，文字をまだ十分に読めない時期 の子どもに適した文化財である．絵本やビデオなどが豊 富にある現在，子どもたちが物語に出会うのは，まずこ れらの視覚的?映像的文化財からであろう． 　かって，親しい大人の口から子どもたちに直接語られ た語りの空間一囲炉裏端を囲んだ昔話の世界は，既に私 たちの日常生活にはない．今の子どもたちが肉声による 語りにふれられるのは，家庭よりむしろ図書館や集団保 育などの場であろう．パソコンや携帯電話などインター ネット通信技術の進歩は便利さを追い求あ，人と人との 「コミュニケーション」をかつてない範囲にまでおしひ ろげた．子どもの遊具に目を向けると，コンピューター ゲームの映像はリアリティを増し，動物型ロボットペッ トなどバーチャル体験を楽しむタイプの玩具が次々に市 場に出てきている．このような遊びに関して，身体性や 想像力の欠如を問題点として指摘する声もある． 　本研究の目的は，人と人との間に機械が介在し，間接 体験に拍車がかかる現代社会にあって，語り手と聞き手 が直接顔を見合わせ，生の声で語る〈お話〉は子どもの 生活文化としてどのような価値をもち得るのかを探求す ることである．筆者は拙稿において〈お話〉に相当する 幼稚園の保育項目「談話」に着目し，その成立と展開を 追うことで，明治?大正期の幼稚園教育における「談話」 の役割を明らかにするとともに，〈お話〉の導入?方法 などに象徴されるわが国の幼児教育観の一端を検討して きた1）． 　本稿では，日本が近代化を歩み始めた明治期，即ち子 ども向けの映像文化財がほとんどなかった時代の家庭教 育における〈お話〉に，どのような役割を期待していた のかを考察する． 2．幼稚園教育と家庭教育一教育対象となった幼児 児童学科　児童文化研究室 　日本の近代化は，国民全体の教育を進めることから始 あられ，明治5（1872）年学制を公布した．それまで封建 的な区分の中で，所属する階層や性別に応じて躾けられ ていた子どもたちは，近代国家を担う国民の育成のため の義務教育の対象として一括された．幼児の教育につい ても，明治9（1876）年11月に日本で最初の幼稚園，東京 女子師範学校附属幼稚園幼稚園が開設された2）．即ち， 幼児までもが意図的教育の対象として考えられるように なった． 　明治9年（1園）から明治17年に至るまで，幼稚園数 は毎年数園ずっの増加にすぎなかった．明治18年に 30園，翌19年には38園，明治20年には67園と急増し， 20年代に各地で幼稚園が開設される．幼稚園に就園する 幼児数は，明治20年には4，239人であったのが，同30年 には19，727人となり明治20年の4．7倍となった．同40年 には35，235人で明治20年の8．3倍となる．明治30年に は関西三市（京都?大阪?神戸）で京阪神連合保育会が 成立するなど，明治30年代は幼稚園が着実な発展をし た時期（定着期）であるといわれている． 　明治32（1899）年には，幼稚園のあり方を総合的に決 （93） 是澤　優子 めた最初の文部省令「幼稚園保育及設備規程」が制定さ れた．「幼稚園保育及設備規程」では，幼児の心身の 「健全ナル発育」及び「善良ナル習慣ヲ得」ること，「家 庭保育ヲ補」うことを保育の目的としていた．幼稚園教 育は家庭を視野に入れつっ，子どもの心身の健全な発育 や望ましい人格の形成を目指す場であったといえよう． 　書名を「家庭教育」とした最も古い文献のひとっと言 われる『家庭教育』（金港堂）に，次のような記述がある． …幼稚園の教えを受くればとて父母たるものは其 子の教育を打棄ててはならぬことなり　何となれば父 母の膝下にて心に染み入りたることは善なり悪なり一 生涯消えぬということは道理よりひいても実地より見 　　　　　　　　　　　　　3）ても疑いなきことなればなり 子どもが両親と過ごしながら得たことは，良くも悪くも その子どもの心に生涯残っているものだから，た