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李退溪の「誠」と王陽明の「誠」.pdfVIP

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李退溪の「誠」と王陽明の「誠」

? 1 ? 李退溪の「誠」と王陽明の「誠」 ―二人の思想の異同をめぐって― 井 上 厚 史 一 問題の所在 二 天即理 三 理の能動性 四 心学 五 誠 六 結語 一 問題の所在  日本思想史研究者である相良亨は、かつて李退溪の思想を忠実に継承したと考えられて いる江戸の儒学者?山崎闇斎について、以下のように述べたことがある。 闇斎は、「格致誠正修明明徳之事、然有不待五目而合下明之之功、先生曰明明徳只是 提撕也」(『文会筆録』)といい、あるいは同じく『筆録』の『大学』の項を結んで「八 条目皆由乎敬」とした。明徳を明らかにするとは、心を呼び覚ますこと、ふるいおこ すことであり、それは究理の迂路を経ることなく、合下に可能なことであるというの であった。われわれはこのような闇斎の立論に、彼が自らは純粋な朱子学の徒を以て 任じていたにもかかわらず、陽明が価値判断の能力である良知の先天的内在を説くと ころに通ずるものを見ないではおられない 1。  相良はここで、「心を呼び覚ますこと」が「究理の迂路を経」ずに「合下に可能」とす る闇斎の解釈は、「純粋な朱子学の徒」を自認していたにもかかわらず、朱子よりも王陽 明に近いところがあるのではないかということを指摘している。このことはただちに、闇 斎が師事した李退溪の思想も、実は王陽明の思想に類似するところがあるのではないかと いうことを含意するはずである。しかし、この相良による示唆は、その後思想史研究者に 1 相良亨『近世の儒教思想』塙書房、一九六六、四一頁。 『北東アジア研究』第 21 号(2011 年 3 月) ? 2 ? よって取り上げられることはなかった。  ところが、この相良の指摘から四十年後、台湾の儒教研究者である李明輝が、李退溪の 王陽明批判の言説を丹念に分析した結果、以下のような興味深い指摘をしている。 この誤解(李退溪が陽明学を誤解していたこと:著者注)は、おそらく文献上の制限(李 退溪が『伝習録』の刊本を見ていないこと:著者注)により、退溪が陽明の思想の全 貌を把握できていなかったためであり、また、退溪が朱子を尊崇していたからだとも いえるだろう。しかし筆者は、退溪が陽明を誤解した背景には、両者の思想的距離が 退溪本人が思っていたほど大きくなかったことがあると考える。朱子の性理学を共通 の座標軸とした場合、我々はむしろ退溪と陽明の性理学が基本的に一致していること に気がつく。その一致点は、「四端七情」と「理は動くか」という二つのポイントに おいて見出すことができ、この問題において、退溪の立場は朱子の思想的枠組みを超 えて、陽明思想と通じあっている 2。  李退溪が王陽明の思想を誤解したのは、「四端七情」と「理は動くか」という二つのポ イントに関して「退溪の立場は朱子の思想的枠組みを超えて、陽明思想と通じあっている」 からであり、朱子の性理学を座標軸にした場合、「退溪と陽明の性理学が基本的に一致し ている」というのである。  これまでの通説では、李退溪思想の特徴は「敬」にあるとされ、敬を重視した徹底的な 内省によって朱熹の理気論を発展させ、理自体の動静(運動性)を明言し、四端七情につ いて独自の「理気互発説」を主張したとされてきた 3。しかし、相良亨と李明輝の指摘は、 李退溪の思想をあくまで朱子学内部における展開と考えてきたこれまでの通説に根本的な 修正を求めるものである。  彼らはなぜ、李退溪の思想に朱子学よりも陽明学に近いものを見出しているのだろうか。 また、彼らの指摘は本当に正しいと言えるのだろうか。この問題は、李退溪の思想を理解 する上で極めて重要な問題提起だと考えられる。  そこで、本稿では、李退溪と王陽明の思想を比較するにあたり、これまでの論点、すな わち「天即理」、「理」の能動性、そして「心学」という概念を検討した上で、これまで論 じられてこなかった問題、すなわち李退溪と王陽明の「誠」の解釈の異同に注目し、両者 の思想がはたして本当に近似しているのかどうかという問題を検討することにする。「誠」 は『大学』と『中庸』における最重要概念の一つであるとともに、両者の異同を明らかに 2 吾妻重二主編/黄俊傑副主編『国際シンポジウム 東アジア世界と儒教』東方書店、二〇〇五、 李明輝「李退溪と王陽明」、三六二頁。 3 『朝鮮を知る辞典』平凡社、一八八六、四三一頁。 ? 3 ? 李退溪の「誠」と王陽明の「誠」 する上で重要な視角を提供してくれるだろう。 二 天即理  李退溪研究者として著名な高橋進は、李退溪と王陽明を直接比較したことはないものの、 一九七七年に『朱熹と王陽明─物と心と理の比較思想論─』、一九八五年に『李退溪と敬 の哲学』、そして一九八六年に檀國大学校退溪記念

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