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石橋湛山の思想――小日本主義―― 2001.1.31 古川浩介 はじめに 石橋湛山は、1884 年（明治 17 年）から 1973 年（昭和 48 年）の生涯を送った。富国強兵か ら日清?日露?アジア太平洋戦争と続いた激動の近代日本が、湛山の 88 年の生涯を翻弄し、ま た形作ったといえる。戦前のジャーナリズムは、大日本帝国憲法第二章第二十九条「日本臣民 ハ法律ノ範囲内ニ於テ言論著作印行集会オヨビ結社ノ自由ヲ有ス」（1）の制限をうけたため、常 に政府の顔色をうかがわなければならなかった。そのような時代のため、湛山は決して華々し く表舞台を歩んだわけではなかった。1911 年(明治 44 年)東洋経済新報社入社後、大正デモク ラシーから昭和ファシズムの時代にわたって、特に後期は政府や軍部の抑圧をかわしながら、 地道な執筆活動でジャーナリストとして活躍した（２）。湛山は東洋経済新報社の第 5 代主幹と なっても、信念に反していれば積極的に政府批判をおこない、誤った時代の潮流に流されず一 貫した主張による反骨精神にあふれた姿勢は時代の貴重なマイノリティーであり、その意味に おいて湛山は当時において貴重な人材だった。 若くから長年にわたりさまざまな業績を残した湛山は、多くの肩書きを持った人物であり、 羅列してみても「ジャーナリスト」「思想家」「経営者」「エコノミスト」「政治家」といくつも あげることができるが、従来の日本人の湛山像や辞典などでは政治家やエコノミストとしてと らえられていることが多い（３）。だが、湛山のエコノミストや政治家の両側面の原点にあるも のは、「徹底せる個人主義、自由主義思想家として最も凪く最も強く、正しき意味に於て日本主 義を高唱」（４）した早大時代の恩師田中王堂の「王堂哲学」を基礎としている。つまり、従来の 自由放任主義とは異なる徹底的個人主義と欲望統制を二本柱とした新しい自由主義思想である。 さらに、その自由主義思想の立場から帝国主義的膨張政策である「大日本主義」を非難して、 国際協調と自由貿易に基本を置いた「小日本主義」をとなえたジャーナリストとしての言論執 筆活動に湛山の政治的?経済的思想は帰結する。思想家湛山およびジャーナリスト湛山あって の政治家湛山およびエコノミスト湛山なのである。 湛山研究は上記のような理由から政治史?外交史?経済史?哲学史?言論史などのさまざまな学 問的分野に多角化現象をおこしている。この論文ですべてを網羅すること、また逆にひとつの 分野に特化することはとうてい不可能なため、政治史?外交史?経済史に空間的手法を限定した い。時間軸について、アジア太平洋戦争の発火点となった満州事変の原因は、満州を日本の生 １ 命線すなわち特殊権益ととらえた観点にある。戦争へ駆り立てたこの政策?国民思想を、湛山 の目指した「小日本主義」に着目して見直していきたい。最終的に検討したい問題の第１は、 湛山は小日本主義に立脚した戦争回避の政策を「間接利益論」である。このような戦争拡大阻 止の提言を行うということと、国内外の情勢を的確に判断しながら政府や世論に説得力のある 提言を行うということは、当時ではしばしば対立を招く要素があった。この両提言の立場をど のように統一しようとしていたかに注目する。そして第２に、この政策が史実に変わりうる説 得力をはたしてもつものだったか、または経済的な見通しなどに着目して、湛山の思想から戦 争の必要十分条件の一端を解きあかすことが目標としたい。 1.「小日本主義」：経済的合理主義に立脚した経済発展論 満州事変の回避を目指した間接利益論に入る前に、その政策の思想的底流となった小日本主 義を無視することはできない。小日本主義のような政策は近代日本では異端的な論としてとら れがちだったが、世界的に見ると自国の勢力範囲を拡張すべきか縮小すべきかという?量的ない し質的規模に関した二者択一論争はさまざまな国で展開された。19 世紀後期のイギリスでは、 「大英国主義」と「小英国主義」がディズレリ－とグラッドストーンの二大政治家の間で激し く論争され、それからアメリカでも有名な「孤立主義」か「国際主義」をめぐり国家方針が論 争された。また、普仏戦争以前のドイツでは、オーストリアを盟主とする「大ドイツ主義」と プロイセンを主体とする「小ドイツ主義」の間で議論されたが、結局普仏戦争の勝利により大 ドイツ主義は駆逐された。 ところが、日本では戦前思想界において「小日本主義」と「大日本主義」をめぐる論争は展 開されなかった。湛山はこの現況について「桂公も政党内閣も、国民党も帝国主義で、小日本 主義を担う者がいない……この点に於いて日本は実に挙国一致で