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戦時下の文学 転向文学 既成作家の活動 　　　昭和10年前後、プロレタリア文学と新興芸術派の両派は退潮していった。これを受けて、それまで文壇取り残された感じのあった既成作家の創作活動が活発となった。 　　　島崎藤村の長編「夜明け前」の完成、志賀直哉（しがなおや）の唯一の長編小説?暗夜行路」（あんやこうろ）の完結、永井荷風（ながいかふう）の?墨東綺譚」（ぼくとうきたん）、谷崎潤一郎の「春琴抄」、徳田秋声（とくだしゅうせい）の「仮装人物」など、いずれも各作家の代表作である。 物語は春琴の墓を訪ねる「私」のモノローグから始まる。大阪道修町の薬種商鵙屋の次女、春琴（本名は琴）は9歳の頃に眼病により失明して音曲を学ぶようになった。春琴の身の回りの世話をしていた丁稚の佐助もまた三味線を学ぶようになり、春琴の弟子となる。わがままに育った春琴の相手をさせようという両親の思惑とは裏腹に、春琴は佐助が泣き出すような激しい稽古をつけるのだった。やがて、春琴が妊娠していることが発覚するが、春琴も佐助も関係を否定し、結婚も断る。結局、春琴は佐助そっくりの子供を出産した末に里子に出した。 やがて春琴は20歳になり、師匠の死を期に三味線奏者として独立した。佐助もまた弟子兼世話係として同行し、我が儘がつのる春琴の衣食住の世話をした。春琴の腕前は一流として広く知られるようになったが、種々の贅沢のために財政は苦しかった。 そんな中、春琴の美貌が目当てで弟子になっていた利太郎という名家の息子が春琴を梅見に誘って口説こうとするが、春琴は利太郎を袖にしたあげく、稽古の仕置きで額にケガをさせてしまう。その一ヶ月半後、何者かが春琴の屋敷に侵入して春琴の顔に熱湯を浴びせ、大きな火傷を負わせる。春琴はただれた自分の顔を見せることを嫌がり、佐助を近づけようとしない。春琴を思う佐助は自ら両眼を針で突き、失明した上でその後も春琴に仕えた。佐助は自らも琴の師匠となり、温井（ぬくい）琴台を名乗ることを許されたが、相変わらず結婚はせずに春琴の身の回りの世話を続けた。 春琴は明治19年に脚気で亡くなり、佐助もまた、その21年後の明治40年に亡くなった。 戦時下の文学 昭和十三年（1938）九月、久米正雄（くめまさお）、丹羽 文雄（にわふみお）、岸田國夫（きしだくにお）、林芙美 子（はやしふみこ）らが従軍作家陸軍部隊として中国へ 向かい、同海軍部隊として菊池寛（きくちかん）、佐藤 春夫（さとうはるお）、古屋信子（ふるやのぶこ）らが出 発した。いわゆる「ペン部隊」のはしりである。呼び掛け は内閣情報部であったが、むしろリアルな「現実」の先 端に触れ、新たな「素材」を開拓したいという文学者ら の自発的な願望が、やがては当局の隠微な情報操作 に絡めとられていく過程としてこれを見ることができる。 文芸復興の気運の中、?人生劇場」の尾崎士郎（おざきしろう）、「若い人」の石坂洋次郎（いしざかようじろう）、「夫婦善哉?の織田作之助(おださくのすけ）など、風俗的な題材を取り上げる作家が登場し、風俗小説が流行した。また、私小説も書かれ、「暢気眼鏡」の尾崎一雄（おざきかずお）、「鮎」の丹羽文雄（にわふみお）らが文壇に登場し、林芙美子（はやしふみこ）の?放浪記?が大きな反響を得た。 太宰治（だざいおさむ）の私小説「富嶽百景」（ふがくひゃっけい）、高潔な文学的個性で独自の世界を示した中島敦（なかじまあつし）の、中国の古典や史実に題材を求めた「山月記」「李陵」は、知識人の自意識、人の生き方を探り、戦中にありながら優れた文学性を持っている。 　太宰治（だざいおさむ）：1909－1948。名門の出身であることへの負い目が、彼を左翼（さよく）運動に参加させた。そこからの離脱（りだつ）による罪の意識が、自らをも傷つける反俗的精神として作品の底を流れている。『晩年』などの初期の作品に特にそれが強い。中期の『富嶽百景（ふこくひゃっけい）』『走れメロス』『津軽（つがる）』などには、安定した生活の反映がある。戦後の混乱で再び退廃的傾向を示し、『斜陽（しゃよう）』『人間失格』などを書いた。 ブラジル移民をルポルタ－ジュ風の社会小説とした「蒼氓」（そうぽう）で第一回芥川賞を受賞した石川達三（いしかわたつぞう）が、昭和13年南京の残虐な戦争に取材した「活きてゐる兵隊」で発禁·禁錮処分を受けるなど言論統制が強まった。その中で火野葦平（ひのあしへい）の「麦と兵隊」が好評を博した。 　 第一次戦後派： 　戦前、戦中の文学とは異質（いしつ）な作品を発表した作家たちを、世間では「アプレゲール」派と呼んだ。代表的な作家は、野間宏（のまひろし）の『暗い絵』をはじめ、椎名麟三（しいなりんぞう）の『深夜の酒宴』、梅崎春生（うめざきはるお）の『桜島（