地动説から古典力学へ-日本科学史学会.PDF

科学史ミニ講義（５） 地動説から古典力学へ 大橋由紀夫 第４回で述べたように、コペルニ コペルニクスは天球の交差を避ける クスの歴史的意義は、プトレマイオ ために地動説を選んだことを事実で スの天動説に匹敵する精度を持つ地 あるかのように書いているものがあ 動説の数学的理論を構築したところ るのは問題である。スワードローの にある。もしプトレマイオス体系と 原論文を見ると、自身の説は文献的 違うモデルを考えるなら、第 1 図 証拠のない推測(speculation)であ (後にティコ・ブラーエが実際に提 ると明言している。これは、まこと 唱する)のように太陽は地球の周り に学問的に公正である。概説書でも、 を回るが地球以外の諸惑星は太陽の 「～である」というのと 「～という 周りを回るというモデルと、地動説 説が有力である」というのは区別す (コペルニクス体系)と両方が考えら べきであろう。 れ、両者は幾何学的には同等である。 さて、前回述べたようにコペルニ プトレマイオス体系では外惑星の周 クスが等速円運動に固執し、(スワ 転円や平均太陽の運動がすべて相似 ードローの推測が正しければ)天球 であるのは偶然にしか過ぎないが、 の実在を信じたのは、アリストテレ これは第 1 図でも地動説でも、太 ース的自然観が当時いかに強固なも 陽または地球の運動の現れとして統 のであったかを示している。これを 一的に理解できる。コペルニクスも 打破するきっかけを作ったのは、テ 両方の可能性を考えた可能性がある ィコ・ブラーエやケプラーであった。 が、地動説を選んだ理由について、 ティコ・ブラーエ(Tycho Brahe, 1) 2) スワードローの興味深い説がある 。 1546~1601) は、1572 年にカシオ もし第 1 図のようであると太陽の ペア座に出現した新星を観測した。 軌道と火星の軌道が交差することに アリストテレース的自然観では地上 なるが、天体は実在する固い天球に 界では生成消滅はあるが、月から上 乗っていると信じていたコペルニク の天上界は永遠不滅の世界と考える スは天球の交差を認められず、天球 ので、新星は大気中の現象というこ が交差せずにすむ地動説を選んだ、 とになる。しかし、ティコ・ブラー というものである。なお、天球の交 エは、新星が日周運動する間に視差 差が困るなら、周転円と導円の交差 がまったく観測されないことなどか も問題になると思うかもしれないが、 ら、それは月よりもはるかに遠い恒 当時は、第 2 図のように導円はド 星界の現象であることを明らかにし ーナツ状の空間になっていて、その た。視差について教室で実感するた 空間を周転円が転がっていくと考え めに、第 3 図を使って実習するの 3) られていたので、差し支えなかった。 も面白い 。地球の中心 A と観測 スワードローの説は非常に有力な説 者 B から見た天体の方向の違いを であるが、近頃の日本の概説書で、 「地心視差」といい、天体が天頂の 方向 C にあればゼロであるが、天 他の人の観測データや解釈も参考に 体が地平線の方向 D にあれば最大 して、彗星までの距離の変化などか 値θになる。地平線の方向の地心視 ら、1