川村清志 椀贷し伝说再考.pdfVIP

「人文学報』第 8 0 号 ( 1 9 9 7 年 3 月) (京都大学人文科学研究所) 椀貸し伝説再考 近代における伝説の生成と受容一一 )II 清村 と= ハニlJ にめじは 1 伝説と近代 2 椀貸し伝説の誕生 3 研究者によ る解釈の諸相 3-1 異民族と の無言貿易一一鳥居龍蔵 3-2 木地師の技巧 柳田国男 3-3 水神と の饗宴一一折口信夫， 北見俊夫 4 伝説研究の変容 4-1 機能/象徴/歴史と し ての伝説 4-2 椀貸し伝説分析の現状 4-3 椀貸し伝説研究の問題点 5 調査地におけ る伝説の釈義 5-1 調査地の概要 5-2 I オ リ ヤ様」 の伝説 5-3 I オ リ ヤ様」 の 「現在」 おわりに はじめに ふげしもんぜんしつら 調査地である石川県鳳至郡門前町の七浦地区に伝わる一つの伝説を紹介する。現地で「オリ ヤ様」と呼ばれるキツネについての次のような伝説であるO かつて，村のはずれにあった洞には，一匹のキツネが住んでおり，オリヤ様と呼ばれていた。 家具を持たない村人が，この洞窟で借用を願うと，翌日の朝には洞穴の前に家具がおいてあっ た。その後一人の農夫が，借りた家具の一部を紛失してしまい，それ以来家具を借りることは できなくなった。オリヤ様はまた，近くの入り江を良港にするために尽力し，その助力を仰ぐ ために，京都の本願寺詣りに向かった。その帰りに旅の疲れから峠で眠っているところを，狼 に食い殺されてしまったとされる。 この伝説の前半部を読んだ大抵の研究者は，それが「椀貸し伝説」という伝説の類型にあて はまることに気付くはずである。そして，彼らの多くはその地点で判断を停止し，一つの地域 -109- 人文学報 社会において椀貸し伝説の異話が採集されたという情報を自らの記憶の中にしまい込むだろう。 もちろん，説話に関心のある研究者の中には，この伝説に登場する洞がどのような場所に位置 するのか，それが川や池と関係する場所にはないのか，周囲に木地師の伝承はないのかといっ た疑問を抱くことになるかもしれない。この種の関心を持つ研究者たちはオリヤという地名や 洞が村のはずれに位置していることや，キツネという貸し主の属性に興味を示すだろう。 さらに近年の人類学的な視野を持つ研究者ならば，オリヤ様にどのようなバリアントが存在 するのか，換言すれば人々が伝説をどのように記憶し語っているのかといった点や，伝説の後 半部で語られるエピソードにはどのような歴史的，地理的な背景が伏在しているのかを知りた いと思うだろう1)。このような関心のあり方は，伝説研究自体の視座がどのように移り変わっ てきたのかを物語っているOしかし，これらの錯綜する関心は，今日においても並在し，場合 によっては研究者の思考過程において，生起を繰り返すものかもしれない。 本論は，この「オリヤ様」伝説の「現在J 2)をどのように理解するのかという点に収赦すべ